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塾長きまぐれ日記

記憶

 大学を卒業して、しばらくの間、上野の近くの谷中に住んでいた時期があった。
 独身ということもあって、アルバイトで生計を立てながら、傍目にはお気楽に暮らしているように見えただろうが、これからどのように生きていこうかと模索するのに忙しかったように記憶している。

 そんな時期に知り合ったアメリカ人のベンとキム夫妻とその養女が来日したので、9年ぶりに会うことになった。
 直前に、東急ハンズでいくつかプレゼントを買ったのだが、歌舞伎の隈取のフェイスパックが一番受けた。かさばらないし、日本的で、遊び心と実用性を兼ね備えているので、オススメのアイテムである。

 彼らが宿泊する旅館(外国人旅行者に特に人気の旅館である)で話をしていた時に、地震があった。震度4。私は座席についたままだったが、彼らは出口付近まで移動した。
 なぜ、座ったままだったのかというような質問があった。東日本大震災の記憶から、とりあえず様子をみるのだと答えたのだが、うまく伝わったかどうか。とはいえ、首都直下型地震でなくてよかった。

 さて、25年ぶりの谷中は、全体の雰囲気は覚えているが、どこに住んでいたか探し出すことはできなかった。
 夫妻の話によると、私が彼らのアパート探しを手伝ったらしいのだが、それも抜けている。
 かろうじて、一緒にスキーに行って手ほどきを受けたことくらいしか残っていない。

 自分の中の古い記憶が飛んでいってしまっても、別にかまわないと思う。
 それが長い年月を生きているというものであろう。
 ただし、嫌な出来事だけは、時折ふと蘇り、傷口を触っていくのは、やれやれである。